シータの錬金術

一人暮らしの家計、投資、セミリタイアの研究

一人暮らしの家計術のエッセンス

一人暮らしか、ファミリーか

  • 巷にはいろいろな「家計術」「節約術」の情報があふれていますが、そもそも一人暮らし世帯とファミリー世帯では、家計を考える着眼点がまったく違ってくることに注意が必要です。
  • ファミリーの場合は、まず夫婦共働きをいかに維持するか(世帯所得の最大化)が家計的に最重要のポイントです。これに次いで、住宅取得費用と子の教育費用という2大支出にどう立ち向かうかがテーマになります。
  • 配偶者の働き方、住宅の選び方、教育費のかけ方(子どもを持つかどうか)は、どれも家計術というより家族観・人生観にかかわる話です。さらに住宅と教育は投資としての性格も強く、ひとくちに家計と言っても、実際にはきわめて個別性の高い問題ばかりです。
  • 結果的に、ファミリー向けの記事では「節約お弁当術」など、テーマとしての一般性は高いけれど、個々の家計に及ぼす効果は限られるようなトピックに終始しがちです。
  • 一方で、一人暮らし世帯は、消費の裁量を自分ひとりで握っていて、配偶者や子どもといった難しい「変数」がありません。教育費はかからず、住居も持ち家でなく賃貸が標準的なため、家計自体にも一般化できる要素が多々あります。
  • もちろん一人暮らしでも個人の事情が家計に与える影響は大ですが、ある程度まで家計全体を見通した家計術を語りやすいと考えています。本ブログでは「一人暮らしの家計術」にフォーカスした情報発信を行っていきます。

日本が「安い国」になったのは円安のせい

このところ、世界的にみた日本の物価や購買力の下落を嘆く報道をよく見かけます。そしてその背景として、長引くデフレの影響や日本人の賃金の伸び悩みがある、と説明されるのが一般的です。たとえば以下のような記事があります。

月給9万円、もう買えない 「安いニッポン」の現実: 日本経済新聞

 

こういった論調に対して、元日銀理事の門間一夫氏は「日本の物価や賃金が海外よりも低くなった理由は、円安である」と端的に述べています。

「安いニッポン」の本当の問題点:門間一夫の経済深読み(PDF)

コラム:円安の長期化を喜べない本当の理由=門間一夫氏 | ロイター

  • 「近年の円の実質実効レートは過去25年間の平均に比べて25%も安い」
  • 「実質実効レートよりもわかりやすい指標として、...「ビッグマック平価」がある。これはビッグマックの価格が内外で同じになるような為替相場のことであり、それをドル/円相場についてみると、最近は69円となっている。実際の円(引用者注:1ドル=110円前後)はそれより4割近くも安い」
  • 「日本の賃金が海外に比べて低い最大の理由も円安である。1ドル=69円で計算すれば、日本の物価は安くないし、日本の賃金も低くない」

日本は海外に比べ物価上昇率が低い国ですから、日本のモノの値段が世界的にみてどんどん安くなっていくのも当然と思えます。ところが本来、理論的にはそうなりません。日本の物価が安くなると、やがて為替相場円高方向に動き、自動的に内外のモノの値段が均衡していくと考えられるからです(購買力平価仮説)。この理論をもとに、多くのエコノミストが「中長期的には円高にもどっていく」と予測してきました。

しかし門間氏は、ここ20年あまり購買力平価仮説が効かなくなり、日本の物価が国際的にみて安いまま放置されるようになったと指摘します。そして、この円安の背景には国力の低下があり、円安の固定化はこの先も長く続くのではないか、と示唆しています。

この見方に沿って考えるならば、「円の世界」で暮らし続けるだけで、私たちはジリジリ貧しくなっていくことになります。実際、投資をしている人たちの中には、円は持ってるだけで損する通貨だと感じている人が多いと思います。一方で多くの日本人は、円建で給与や年金を受け取るだけでなく、金融資産の大半も円預貯金で保有しています。

もしも、将来のどこかの時点で、ふつうの日本人が「円で持っていたら損をする」と認識して、資産を外貨に逃避させるような状況になれば、それは「円が終わる」一つのきっかけになるでしょう。

とはいえ、日本以外の多くの主要国の政策金利も、今や相次いでゼロやマイナスに沈んでいて、外貨の積み立てや外国債券投資だって難しい状況です。円が見放される頃には、ドルやユーロもポンドもすっかり目減りがすすんで、株式や不動産といった資産価格だけが、高いところから通貨を見下ろしている気もします。

 

*JPモルガンの佐々木融氏も類似の論点の記事を書いている。コラム:円安は「後退する日本」の象徴なのか、浮上する不都合な真実=佐々木融氏 | ロイター

「FIRE」ブーム論

山崎元さんが、最近の「FIRE」ブームについて言及したコラムがありました。ネット上でもよく議論される点が簡潔にまとまっています。

「FIRE」について考える7つの論点
https://media.rakuten-sec.net/articles/-/32940

 ・「身も蓋もない話だが、面白いと感じられる仕事ができていて、十分稼げるなら、急いでリタイアする理由は無い。…将来『面白い仕事で、より多く稼げる』ことを目標にすることが大切」

 まったくの正論だなと思います。とはいえ、<面白い仕事で稼ぐ>ことは多くの普通の人々にとって現実的には難しいことです。サラリーマンを筆頭に、世の中を埋めつくす大半の労働は、時間+ストレスと引き換えにお金をもらう作業にすぎません。局面ではやりがいを感じられることがあっても、この仕事のために生きている、と思える人はごくわずかでしょう。際立った経歴、コネ、スキル、行動力なしには、「面白い仕事」をめぐる熾烈なイスとりゲームに勝つことはできません(それらを持ち合わせていないからこそ、われわれ普通人は平凡に生きている)。

「(FIREが流行する理由は)若者が『働く』ということに対して信頼と夢を持ちにくくなり、『お金を貯めて仕事(≒会社)から自由になる』という目標が心に刺さりやすくなった」

 そういう面もありそうですが、個人的には、この十年あまり、資産運用環境がとても良かったから、という事実にほぼ尽きると思います。リーマンショック以降の株式相場の長い長い右肩上がり。一時はコロナショックで途絶えたかに思えましたが、指数はそのあと急反発し、現在にいたるまで驚くべき上昇を見せています。べつに高給取りでなくても、教科書どおりのインデックス投信だけで、大きな運用益を得ることができました。近年の好調相場が今後も続くと仮定するなら、誰だって「仕事をやめても大丈夫では?」と考えるでしょう。
 これにつけ加えるなら、若者の未婚率が上昇していることも、理由の一つかもしれません。家族の扶養というものがなければ、仕事をやめるハードルの高さはまるで違ってくるからです。

「『年率4%』くらいが妥当な『実質の』運用利回りだろう。…つまり、年間生活費の『25倍』を達成したら、一応のFIRE達成と見ていいのではないか」

 セミリタイア界隈でよく言及される「4%ルール」と一致する数字ですね(ただし山崎さんの場合、株式100%の運用を前提にしている)。たしかにここ10年の株式のリターンを考えれば、4%(税引前5%)はまったく妥当に思える。けれど、足元の状況があまりに良すぎるので、この先のシナリオをどう考えていくか、難しいところです。

「FIREを目指すとした場合に、心配なのは、自分の人的資本に対する過小投資の可能性だ。知識、経験、人間関係など、将来の自分の価値を高める投資になり得るものの獲得には、時間や努力の投入だけでなく、お金もそれなりに必要だ」

 これも正論です。ところが山崎さん自身が指摘するように「教育・経験に対する投資は、より早い時期に行う方がより有効」です。とくに日本では、10代後半~20代前半の「受験」「就職」という2つのライフイベントで、将来の経済的ステータスの大部分が決まってしまいます。
 つまり、社会人になって「新卒カード」を失った瞬間、自分という人的資本への「投資収益率」は、ガクッと低下します。むしろ日本型の組織であれば、能力・スキルよりも職場の人間関係が物を言うのだから、効率的な人的投資なんて仕事絡みの飲み会くらいでは、と思ったりもします。あるいは私生活まで視野を広げ、シンプルに健康や家族に投資する、というのがより有意義かもしれません。