シータの錬金術

一人暮らしの家計、投資、セミリタイアの研究

「FIRE」ブーム論

山崎元さんが、最近の「FIRE」ブームについて言及したコラムがありました。ネット上でもよく議論される点が簡潔にまとまっています。

「FIRE」について考える7つの論点
https://media.rakuten-sec.net/articles/-/32940

 ・「身も蓋もない話だが、面白いと感じられる仕事ができていて、十分稼げるなら、急いでリタイアする理由は無い。…将来『面白い仕事で、より多く稼げる』ことを目標にすることが大切」

 まったくの正論だなと思います。とはいえ、<面白い仕事で稼ぐ>ことは多くの普通の人々にとって現実的には難しいことです。サラリーマンを筆頭に、世の中を埋めつくす大半の労働は、時間+ストレスと引き換えにお金をもらう作業にすぎません。局面ではやりがいを感じられることがあっても、この仕事のために生きている、と思える人はごくわずかでしょう。際立った経歴、コネ、スキル、行動力なしには、「面白い仕事」をめぐる熾烈なイスとりゲームに勝つことはできません(それらを持ち合わせていないからこそ、われわれ普通人は平凡に生きている)。

「(FIREが流行する理由は)若者が『働く』ということに対して信頼と夢を持ちにくくなり、『お金を貯めて仕事(≒会社)から自由になる』という目標が心に刺さりやすくなった」

 そういう面もありそうですが、個人的には、この十年あまり、資産運用環境がとても良かったから、という事実にほぼ尽きると思います。リーマンショック以降の株式相場の長い長い右肩上がり。一時はコロナショックで途絶えたかに思えましたが、指数はそのあと急反発し、現在にいたるまで驚くべき上昇を見せています。べつに高給取りでなくても、教科書どおりのインデックス投信だけで、大きな運用益を得ることができました。近年の好調相場が今後も続くと仮定するなら、誰だって「仕事をやめても大丈夫では?」と考えるでしょう。
 これにつけ加えるなら、若者の未婚率が上昇していることも、理由の一つかもしれません。家族の扶養というものがなければ、仕事をやめるハードルの高さはまるで違ってくるからです。

「『年率4%』くらいが妥当な『実質の』運用利回りだろう。…つまり、年間生活費の『25倍』を達成したら、一応のFIRE達成と見ていいのではないか」

 セミリタイア界隈でよく言及される「4%ルール」と一致する数字ですね(ただし山崎さんの場合、株式100%の運用を前提にしている)。たしかにここ10年の株式のリターンを考えれば、4%(税引前5%)はまったく妥当に思える。けれど、足元の状況があまりに良すぎるので、この先のシナリオをどう考えていくか、難しいところです。

「FIREを目指すとした場合に、心配なのは、自分の人的資本に対する過小投資の可能性だ。知識、経験、人間関係など、将来の自分の価値を高める投資になり得るものの獲得には、時間や努力の投入だけでなく、お金もそれなりに必要だ」

 これも正論です。ところが山崎さん自身が指摘するように「教育・経験に対する投資は、より早い時期に行う方がより有効」です。とくに日本では、10代後半~20代前半の「受験」「就職」という2つのライフイベントで、将来の経済的ステータスの大部分が決まってしまいます。
 つまり、社会人になって「新卒カード」を失った瞬間、自分という人的資本への「投資収益率」は、ガクッと低下します。むしろ日本型の組織であれば、能力・スキルよりも職場の人間関係が物を言うのだから、効率的な人的投資なんて仕事絡みの飲み会くらいでは、と思ったりもします。あるいは私生活まで視野を広げ、シンプルに健康や家族に投資する、というのがより有意義かもしれません。